包帯クラブ The Bandage Club (ちくまプリマー新書)今日本屋に行った時に見てびっくりしたんだけれど、天童荒太の包帯クラブのカバーがなんか変なカバーになっててびっくりした。
何でこんなことになってんの? って思ったら映画化してるらしい。ってことはこの表紙に写ってるのは映画のキャストなのかな……。
確か昔は世界征服の本と同じ
「世界征服」は可能か? (ちくまプリマー新書 61)↑こういう表紙だったと思ったんだけどな。私が買ったときは。
東野圭吾の白夜行も確かドラマになったときに同じようなことをしていて、今どうなっているか調べたらAmazonの画像は普通のやつだった。
白夜行 (集英社文庫)ただ実写の帯がついているところがあれだけれど。
正直なところ、こういう風に小説に実写の絵(というか写真)を使用するのは賛成できない、というかできればやめて欲しいと思うんですよね。
恐らくそうした方が映画やドラマから入った人が見つけやすいだろうから、売上はあがるんだろうけど……。
何故嫌かというと、本というかこういう小説ってのは時が経っても陳腐化することはないけど、俳優とかは陳腐化することがあるからなんですよね。そこまで言わなくても表紙に載っている写真から予断を許してしまうからっていう理由もあります。
字から最初に入った人は中の文章を読んで頭の中で自分独自の小説の中のキャラを作り上げるのもひとつの楽しみのような気がするけれど、いきなり写真だとどうしてもその写真の人物を想像してしまう。それってなんか小説の楽しさを奪ってしまっている気がするんですよね。
そんなこと言ったらラノベの絵だってそうだろ、といわれたらその通りなんだけど……、でも絵だったらまだなんか想像する余地が残されてる気がするんですよね。ってのも無理があるか。実写の人だと別の顔(その役じゃない顔)ってのが透けて見えちゃうから嫌なのかも。
10年後とかに同じ表紙だったら「誰だよこれ」とか言われて誰も買わなくなっちゃうんじゃないかなー、なんてちょっと失礼なことを思ってしまった。
それにしてもそんなに新しい本じゃないのに今更(失礼)映画化するんですね。包帯クラブ。個人的な思いとすれば包帯クラブより家族狩り
だから再読したいんだけどしたくないっていうなんというかすごい小説ですよ。家族狩りは。
と、まぁ最終的に家族狩りの話になってしまいましたが、実写を小説の表紙にするのは止めて欲しいと思います。
幻世(まぼろよ)の祈り―家族狩り〈第1部〉 (新潮文庫)
