2日で人生が変わる「箱」の法則


 この本が述べてる(と私が捕えた)のは『相手のことを「人」と見るか「もの」と見るかは、その人の心の在り方次第である』ということです。

 この本を読んでまず思い出したのは、前にはてな匿名ダイアリー(増田)に載っていたこのエントリです。ちょっと長いけれど全文転載。
 俺は中国人は嫌いだ。でも仕事を一緒にしている中国人の朱さんは物腰も穏やかで知識もすごいし、だからと言ってそれをひけらかしたりもしないし仲良くやっている

 俺は韓国人も嫌いだ。でもこれも仕事を一緒にしている韓国人の金さんは日本語は不自由だけど仕事は速いし、一度注意したミスは二度と間違えないし、日本語を覚えるスピードも半端ない。この人も一緒にお酒を飲みに行く仲間だ

 俺はDQNも嫌いだ。でもバイトをしてた頃にいた地域で一番のDQN高の生徒だった古谷君は思ってる事はすぐに口にして社員には嫌われていたけれど、言ってることは間違いじゃないし、仕事の覚えも速かった。「母親が妹に手を挙げるのをやめさせたいんだけどどうすればいいっすかね?」なんて相談されて徹夜で話し合った挙句に一緒に家までついて行ったっけ。

 俺はギャル(死語っぽいけど)みたいな奴も嫌いだ。でもバイトにいた桜井さんはいかにも格好をしていたけれど、細かいところによく気がつく子で店の外で困ってるお年寄りを助けに店の外まで走っていったっけ。それを褒めたらすごい照れくさそうな顔をしてた。

 俺の嫌いな中国人や韓国人はどこにいるんだろう。

 俺の嫌いなDQNやギャルはどこにいるんだろう。

 一般化した呼び方をすると突然嫌悪の対象になるんだろうか。

 それとも集団になると途端に人が変わってしまうのだろうか。

 彼らから見た日本人は俺が思ってるのと同じなのか、それともちがうのだろうか…

 これとほとんど同じようなことを私も思っていて、このエントリは大分前に書かれたものだけれど、ずっと気になっていたんですよ。要するに個々に対しては親しみを持っていてもメタ化(って言っていいのかわからないけど)、つまりもうちょっと大きい範囲でカテゴリ化すると突然嫌悪の対象になってしまう、それは何でだろうという内容なのですが、この本の通りであれば、この増田の文章を書いた人は、
・『中国人』に対しては「物」として扱い、『朱さん』については「人」として扱った
・『韓国人』に対しては「物」として扱い、『金さん』については「人」として扱った
以下同様

 というように扱っていたということになります。そして、この本によれば、『相手を物として扱うときに人はそのことを正当化する』というように書いてあります。つまりは「物として扱うだけの理由付けをする」ということです。
 この理論で考えてみるとわかります。『朱さん』については人として見ているから、特に自己正当化の必要はないので素直な気持ちでいられます。
 しかし『中国人』という枠組みで見た場合には彼らは『物』として、扱われるために、「彼らはモラルがないから嫌われてもしょうがない」とか、「中国人は半日教育をしてきているから嫌いだ」とか、そういう理由を持ってきて彼らを「物」として扱うだけの自己正当化の理由を持ってくる、とまぁそういうわけです。

 人はこういう風に相手を「物」として見る時には箱の中に入っている、というのがこの本の述べているところで、そして箱に入ってしまうのは大抵自分の心の中の言葉に素直にならなかったからだ、というようにこの本では書いてあります。
 例えば中国人の人が道を歩いていてハンカチを落とした。それに気付いたのはあなただけで、あなたは「ハンカチを落としたから拾ってあげよう」と思ったとします。でもそれを止めた時、つまり『拾ってあげたい』という自分の心に従わなかった場合に『箱』に入ってしまい、「中国人は日本に対して酷いことばかり言ってくるからハンカチを拾ってあげる必要はない」とか、「あのハンカチはきっと盗んだもので見つかるとまずいと思ってあそこに捨てたんだろう」とかそういう自分が自分の心に素直に従わなくていい理由を持ってくると、そういうことです。

 じゃあ箱から外に出るにはどうすればいいのよということに対して、この本では以下の4つの要素を挙げています。
1.箱の兆候を探す
2.箱の外の場所を見つける
3.状況をあらためて考える
4.私が見つけたことにに基づいて行動する・・・・私がすべきだと感じていることをする


 つまりはまぁ思ったとおりに行動しろって言うことになるんですかね。何かをしようと思ったときにそれをしない理由を探すのではなく、素直にそれを行動に移すことが心を平和に保つことになる、と。
 詳しい行動については本を読んでいただくとして、箱の外に出られると次のようなメリットがありますよ、ということを述べていて
箱の外に出ると、あなたは状況を誇張や正当化なしに澄んだ目で見ることができる。それによって、あなたは争いを誘発するのではなく、平和へ向かわせる影響力を発揮できる立場に立つことになる。


 私は仕事などで上司などに仕事を頼まれたときにすぐに『その仕事が出来ない理由』を探してしまう癖がありますが、これもきっと箱に入っていたんだろうな。下りると上るで明確に位置が分かれている階段を逆走する(下りる側を上る)人を見るたびにイライラしていたけれど、これもきっと箱に入っているからそう感じるんじゃないか、とかそういう自分が色々な事で箱の中に入っているんじゃないかと気付かせてくれました。

 この本を読み終わった後で女子サッカー日本代表の横断幕に、ブーイングの中国反省という記事を見ました。
 中国・杭州市でこのほど行われた女子サッカーのワールドカップのドイツ戦で、日本選手が試合後に「ARIGATO 謝謝 CHINA」と書いた横断幕を掲げた行動が、日本にブーイングし続けた中国側に反省の気持ちを呼び起こしている。地元メディアは「中国のブーイングは日本の横断幕に負けた」と観戦マナーを批判している。

 17日の試合中、約4万人の観客のほとんどがドイツを応援。試合前の「君が代」斉唱では多くの観客が起立せず、ブーイングも起きた。ドイツが攻めたり、得点したりすると大歓声が起こり、日本は完全にアウェー状態。荒川がけがで交代したときでさえ、日本へのブーイングが響いた。しかし、日本代表が横断幕を掲げると、中国人の一部からも拍手が起きた。

 これは中国人の人たちは箱の中に入っていたけれど、日本の選手は箱の外に出ていたということだと思う、そして、箱の外に出て行動すればこういった利益がありますよ、といういい例だと思います。

 とは言え全ての物事に対して常に箱の外にいるというのは理想だけれど中々難しそう。私もなるべく全てのことに対して箱の外に出ていられるように頑張りたいと思います。