2008年05月04日

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電車の席

思いやりのある生活 (知恵の森文庫)


 なんとはなしにネットを巡回していて、赤の他人に席は譲るべきなのか?:アルファルファモザイクというのを発見しました。

 これは2chのまとめブログなのですが、中の内容を見ると譲る、譲るべき派(派って言うのもあれだけれど)と、譲らない派は半々ぐらいなように見えます。

 個人的には譲りたい人は譲ればいいし、譲りたくないなら譲らなければいいと思うわけですよ。

 それしか言うことがないなら特に書く必要もないのですが、とにかく思うことが2つあって、「『譲るべきだ』と他人に強制するのは間違ってる」ってことと「譲らないことにいちいち理由をつけて正当化しないほうがいい」ってこと。

 私は電車は通勤時は混む方向と逆なので乗客が全員座ってるって感じなのと、そうでなかったらめちゃくちゃ混んでる電車に乗る、ということしかないので席を譲るとか譲らないとかそういう世界とはあんまり関係ないのですが、個人的には席を譲れる人間でありたいとは思います。

 それは別に自分がいいところを見せたい、とか偽善者だとかいいたいわけではなくて、足が悪い祖母と一緒に電車に乗ったときに電車がほどよく混んでいて座れない状況だったことがあるんですよ。
 で、まぁかばうように立ってたわけです。杖ついてるぐらいなので揺れたときに転んじゃうかもしれないし。
 車内のちょっと遠いところに爆睡してるサラリーマンの人がいて、重い荷物を持っててなんだか疲れてる感じの人だなぁと思ったわけですよ。

 電車が動き出して数分して私はぼけーっと車内を見渡してたら急に「席どうぞっ!」って声がしてそっちを見たらその爆睡してたサラリーマンの人がそう言ってるわけですよ。
 ありがたく譲ってもらったけどどう見てもその人は疲れ果ててるんですよ。起きてるの見てわかったけど目の下にクマがハッキリと見えるぐらいついててはた目にも「こいつ大丈夫かな」って思うくらいな感じ。徹夜で仕事してたらあんな感じになるかな。

 それだけの話なのだけれどその時自分も「あー、この人みたいに在りたいなぁ」と思ったわけです。だから自分も譲れるチャンスがあったら譲りたいと思ってます。単にそれだけ。
 多分いざ譲れるチャンスがあったとしても恥ずかしくて声をかけられないかもしれないし、「いらん!」って怒られるかもしれないけれど、でも譲ろう、という意志だけは持ちたい。

 そういう気持ちってのは他人から強制される物じゃないと思うんですよ。譲る人ってのは多分親がそういう人だったとか、譲ったら褒められたとか、家族に足の具合が悪い人がいるとかそういう人が多いと思います。
 実際に行動を起こしたときに褒めてもらったらもっとほめられるために何回もやるようになるだろうし、身内に調子が悪い人がいれば立ってるのがどれだけつらいかわかるから同じようにつらそうな人を見たら譲ろうって思うのもまぁ当たり前じゃないでしょうか。

 逆に何回か譲ろうとしたのにそのたびに「いらん!」とか怒られたりした人が「もう2度と譲るか」って思うのも理解できるし、そもそも自分が健常者で身の回りの人もみんな健常者であればそういう人の気持ちを理解しろ!っていうのも無理な話だと思う。
 昔は学校の中に学年に1人ぐらいは身体障碍者(とまではいかないぐらい)の子がいて、どういう行動が大変だって言うことが自分のすぐ近くで学べたから障碍者の人が健常者にとっての普通の行動をするのがどれだけ大変なのかってのを知ることができたけれど、今は大人がそういう子に触れないように遠ざける(健常者の親も障碍者の親も)からそういうことを学ぶ機会がない。それで大変な気持ちをわかれ、ってだけ言うのもおかしな話です。
 だから譲りたい人は譲ればいいだろうし譲りたくない人は譲らなければいい。
 それに、実際に席を譲れる人ってそう多くはないと思うんですよ。上で述べた話だって、祖母の周りには少なくとも10人以上座っている人がすぐ近くにいたけれど譲ってくれた人は1人だけだし。
 もちろん中には譲ろう、と思いながらも声がかけられない人や、譲る気はないって人もいただろうけれど確率としては10%未満なわけで、そう考えると譲らない人が普通なのであって譲ってくれる人が特別なのだと思います。


 ただ思うのだけれど、いちいち「自分が譲らなくてもいい理由」をペラペラ言う人を見ると「なんだかなぁ」と思ってしまいます。
先日、ある中高年の奴が老夫婦が目の前に立ってるのに席を譲らない若者に罵倒したらしい。
老人だろうと、なんだろうと同じ料金を払って乗っている公共交通機関
ましてや普通席を赤の他人に譲らないといけないのか?
優先席というのが別にあるし老夫婦はバブル期でいい思いしてきたんだろうし
老婆にかんしては年金も納めなかったのに、その若者の年金で生活保護を受けてる分際で
ずうずうしくないかと思った。
妊婦や子連れだって同じ事が言える。
自分らは何も国へは貢献せず、その若者達の納めた税金で保護されているのに
なぜ、そんなどうでもいい赤の他人に普通席までも譲らないといけないのか?
意見を聞かせてくれ!!(赤の他人に席は譲るべきなのか?:アルファルファモザイク)

 これはそのスレの>>1の意見だけれど、こういうののこと。

 多分本当は「自分は席を譲りたくない」って気持ちが先にあるんだと思うんですよ。
 でもそれだとなんだか自分が悪者っぽい気がするから後付で色々と理由を述べるんだと思います。
 たかだか自分の身の回り3mぐらいの世界で起こる出来事(自分が座ってる近くにお年寄りとか妊婦が近づいてきたらどうするかって話)なだけなのに年金がどうだとか、バブルでいい思いをしてきただとか、そんなことを持ち出すのはおかしいとおもうわけですよ。とっさにそんなことを思うほど普段から社会について考えてるのかというと絶対違うと思います。

・お年寄り発見!
 →譲りたくない!
 →こいつらは年金とかうんぬんかんぬん、だから私は席を譲る必要がない

っていう感情の動きのはずで

・お年寄り発見!
 →年金うんたらかんたら
 →席を譲る必要はない

ってわけではないはず。

 自分もよくしてしまうけれど「○○しない理由」っていうのを並べ立てる行為ってのはなんというか自尊心を下げてしまう行為だと思うんですよ。
 だからそういう風にするのは止めた方がいいんじゃないでしょうかね。
 なんとなく席を譲らない奴は悪い奴だ、っていうような風潮が蔓延してるから譲らない行為が悪いことに思えてしまうけれど、譲らない方が大多数なんだからそんなこと気にしないで「譲りたくないから譲らない」って思っておいた方が自分のためにもいいんじゃないかな。

morecom at 19:34 │Comments(2)TrackBack(0)clip!思ったこと 

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この記事へのコメント

1. Posted by あっこ    2008年05月05日 23:00
席を譲ると断られる事があります
でも私はもう一度「いいから いいから」と言って誘導します。背中をそっと押したり、軽く腕をひっぱったり。一度断ってしまった手前、その方が譲られる人も座りやすいんです。
お試しあれ。。
2. Posted by Soichi    2008年05月07日 07:31
あっこさん
コメントありがとうございます。

あー、賢いですね。
確かに自分が誘われる側から考えると一度断ってしまったら座ってる人としては安易に座るわけにはいかないですもんね。
逆に譲る側からしても一度席を立ってしまったら断られたからって「はいそーですか」とまた座るわけにはいかないですからあっこさんのおっしゃられる方法は双方が幸せになれる案のような気がします。

私も席を譲る機会があったらそれを試してみることにします。

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プロフィール
 Soichi Inosaki
 そーいち いのさき
 漫画好きな人にはまだ出会っていない漫画を、漫画を読まない人には漫画のおもしろさを伝えられたらなと思って書いています。
 平日は0時睡眠の5時起床をしていますが、反動で土曜日に起きれなくなりました。
 
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