相変わらず「日常」の面白さは私が買ってる漫画の中でも、どれにも属さない独特の笑いがあって面白すぎます。
 これの直前に「かりんの14巻(最終巻)」を読んで感動してむせび泣いていた直後に読んだのに爆笑してしまいましたよ。人間って泣きながら笑えるんだなぁ、なんて再確認。むしろ泣いてるときほど笑いやすいのかもしれないけど。
 そんな面白い漫画の内容はとりあえず置いといて、今回注目したいのはその表紙です。

 漫画に限らず、本の表紙って冷静に考えると意味がわからないものって多いじゃないですか。よくわからないポーズとってたりとか。

 そんな中で、本編を見た後に表紙を見て「ああ、なるほどそういうことか」と思わせる作品ってあまり、というか滅多に無いのではなかろうか。
 つまり「何でそんな表紙なのか」を説明できる表紙ってあんまり無いような気がします。




 すぐに思いついたのがこれだからこれを書くけれど、この「プリズマ☆イリヤ」の表紙は、それだけで「こういう少女が活躍する漫画なんだろうな」と想像が付きます。
 で、内容を読んで見るとやっぱりその通りで、その後表紙を見てももう何も感じません(いやまぁ『イリヤは可愛いなぁ』という感情はあるけれど)。

 私が大好きな「GA」もそうです。




 この娘達が登場するんだな、ということはわかりますが、表紙以外でこんな行動をしている事はありません(ただ、表紙を開けると連動した絵が描いてあるけど)。

 こういう風に、作品の表紙と中身って「表紙→中身」の一方通行の事が多いです。別にそれが悪いとはこれっぽっちも思ってもいません。むしろそれが普通なのだと思います。
 だからこそ、そういう使い方だけではなくて「表紙→中身→表紙」と戻ってくる作品を見ると印象が強く残ります。

 日常の表紙の特徴は、「日常の描写の中に、一部だけ非日常を描く」というところにあると思っています。




 日常の1巻では学校の授業中という風景の中に、非日常を象徴する鹿(普通で考えても教室にはいない)がさらに机に乗ってるという状況を描いていて、そんなあり得ない絵なのにタイトルが『日常』というところで表紙を見た人は「ん?」と興味を引かれてしまう。

 で、買って読んで見ると、「ああ、だから鹿がいたのか」とわかります。
 でも、「何故鹿が机の上に乗ってなければならなかったのか」というのがあまりよくわかりません。乗ってる場所には意味があるけど。

 でも3巻は違います。3巻は正直中身を読んだ後に「!!!!!」と衝撃を受けてしまいました。声にならない衝撃ですよ。全く。




 分かり易くするために大きな画像を使用していますが、絵としては1巻と似ています。職員室という日常的な空間に非日常的なものが存在しています。筍(たけのこ)です。
 にょきにょき生えていて、さらに机の上にも筍が乗っています。これを見ても「日常」という作品に慣れきってしまっている僕たちは特になんの感想も抱かないと思うんですよね。
 強いて言えば「相変わらず『日常』らしい表紙だなぁ」と思うくらい。

 でもね、これ、読んでから表紙を見直すとかなりすごい事を表している表紙だって事がわかります。

 この表紙は本編の内容をぎゅっと圧縮した姿が描かれています。筍はここに生えてないとおかしいんです。
 そして、これが代わりにチューリップだったり、苺だったり、大根だったりしてはいけない。間違いなく、筍が、この場所に、存在することが大切なんです。
 これが少しでも違っていたらそれはもう「なんとなーく非日常っぽい絵を描いてみました」になってしまいますが、ここはそうではないのです。

 本編を見てから表紙を見るとそういう非日常的な部分だけではなくて、単なる日常の風景だと思っていた場所も、そうしていることに意味があることがわかります。
 中央の上にいるスーツを着た男性、これは高崎先生(26)なのですが、どこにでもある風景に見えて、実は意味のある行動をとっています。
 新聞を開いているのに新聞を見ないでどこかを見つめているところに既に意味が込められているのです。

 筍がこの場所ににょきにょき生えていて、高崎先生(26)が見つめていて、桜井先生(女の先生)(24)が出席簿を持っていて、汗をかいていて、高崎先生の方を向いていない、ということ全てに意味がある。そんな表紙のわけですよ。

 ここが他の作品と全然違うところ、まさしく「日常クオリティ」の部分です。
 もちろんあんまり意味の無い部分もあります。相生(あいおい)がだるまを持ってたり、段ボール運んだりしてる部分には特に意味がありません。

 でも、それ以外の部分にこれほど意味が込められている表紙を正直見たことがないです。
 単なるギャグ漫画だから、ギャグ漫画っぽい表紙を描いているってわけでは決してないのです。

 例えるなら、そう、推理小説ですよ。推理小説っていうのは文章だけで犯人を推理できる要素が揃っているわけです。だから一見意味の無い描写が、とても大切だったりします。
 読み進めているときは単に流してしまう部分でも、推理の部分を読んだ後に「あそこでこう書いてあったのはそういう意味だったのか!」と思うわけですよ。いわゆる「伏線」ってやつです。

 漫画で、しかも表紙でそれをやってのける。そこにしびれるぅ、あこがれるぅ!

 とまぁそれくらい表紙だけで盛り上がれるわけですよ。この「日常」ってやつは。
 買ってきて表紙を読んで「ふーん」、中身を読んで「ぎゃははは!!」、表紙を見返して「!!!!!」と色んな感情が楽しめる、読んだ後に表紙を見ただけでこれだけ驚ける作品ってのはそうはない。
 それが「日常」という漫画を「日常」たらしめている部分なんじゃないでしょうか。