多分方々で話題になっているとは思いますが、「ボーイズラブ小説は不適切?図書館貸し出しで議論白熱」の話。

 「ボーイズラブ(BL)」と呼ばれる男性同士の恋愛を題材にした小説を図書館に置くべきかどうか。BL小説を20年近く買い続け、計5500冊を所蔵する堺市立図書館が対応に苦慮している。「子どもに悪影響を与える」と廃棄を求める声が相次いだのに対し、「性的指向による差別につながる」と廃棄の差し止めを求める住民監査請求が4日、市に出された。
(中略)
 「ほかに買いそろえるべき有益な本はたくさんある」。今年7月以降、電話や複数の図書館窓口で、市内在住の子どもの保護者らから廃棄を求める声が相次いで寄せられた。一方、4日に監査請求した市民は「基準に基づいて整備した図書を、特定の意図で排除することは許されない」と訴えている。


 個人的な意見としては別に置いてあってもいいんじゃない? という感想です。そういう要望が上がって、図書館の人(司書?)が購入を決定したのであれば、そこは図書館の方針としてそういうものなんじゃないでしょうかね。さすがに5500冊も買っておいて「担当者以外は知りませんでした」って事もないでしょうし。そういう特色をもった図書館があってもいいんじゃないかなーと思います。
 ただまぁ、私はボーイズラブというジャンル(?)は漫画も小説も読んだことがないので、もしかしたらホントはとんでもないものなのかもしれないので何とも言えませんが。でも、これだけ一般に出回っているのであればやっぱりそれほど変な物でもないのではないでしょうか。
 もちろん一部には行き過ぎた物もあるかもしれませんが、そんなこと言ったら男性向けのラノベだって結構すごいものがあるし、それ以上に一般小説だって、輪をかけてすごいことになっています。そして、それらは全て年齢制限がありません。
 例えばこれはエロとかではないですが、貫井徳郎の「殺人症候群」を私が子供の頃に読んでいたら、絶対今と違う人間になっていただろうなと思います。20歳を過ぎてから読んだって一ヶ月ぐらい凹んだのに。でも別にこれは制限されていないのでそれこそ小学生にだって読むことができるわけですよ。そんな作品、それこそ一杯ある。

 ただまぁ、そういうどちらかというと嗜好的な本は、図書館で借りるんじゃなくて自分で買えよ、的なことは思います。というか借りる方は嫌じゃないのかな、誰ともしれない人が読んだそういう本を借りるのって。


 私が思うのは、一番の問題は「子供に悪影響を与える」とか「他に買いそろえるべき有益な本はたくさんある」という人たちの方なんじゃないかなということ。特に前者。

 BLの本は確かに子供に影響を与えるでしょう。でも、それはなんだってそうですよ。サッカーしたって、ゲームしたって、テレビ見たって、釣りしてたって、ネットしてたって影響を与えるでしょうよ。でもそれを、親が、自分の意向に沿わないものを「悪影響だ」というのであれば、それは「おまえが一番子供に悪影響だ」と言ってやりたい。
 実際脳にとっては親が勝手に判断した物を強制させることは悪い影響を与えると、「脳を活かす勉強法」なんかには書いてあります。

 そもそもね、本なんてものは興味が無ければ読まないものですよ。自分に置き換えても全くなんの興味の無い本を買うことってないでしょ?
 つまり最初に興味とか欲求があって、それを満たすために本を読むわけですよ。だから本を規制したってどうしようもない。そもそも何で興味を持つのかって事を考えないと。

 もし中学生の子供がそういうのに興味を持っているのであれば、それは今の抑圧された性教育が問題なのかもしれない。根源的な欲求なのに過剰に押さえつけることで身体は大人になっても知識がないからそういう知識を補うために読んでるのかもしれない。そういう本を手にしようとする動機を解明しなければどうにもならない。禁止したところで他の手段に訴えるだけですよ。
 親が自分のなって欲しいように子供を変えたいのであれば、それはもう動機付けをしてあげるしかない。そう言うことをせずに、ただ文句を言うのはおかしいのではないでしょうか。

 「もっと有用な本」と言うのも、ホントかなぁという気がしてなりません。それを言った人は本を読んでるのだろうか。
 これは個人的な意見ですが、いわゆる子供、小学生から中学生ぐらいまでは、それこそBLであれ百合ものであれ何であれ、沢山の小説を読むのがいいと思っています。興味の赴くままに、数多くの小説を読む。それが一番いいんじゃないかなぁ。大切なのはミステリーだけしか読まない、とかBLだけ、とかのように偏らないで、なるべく色んなジャンルの小説を読むことで、これをやることでようやく本を読む下地が出来るんじゃないでしょうか。小説だけじゃなくて伝記とかもいいですね。
 私たちは普段日本語を使っていて、日本語の文字を書いてそれを読んだりしているので本を読むのを簡単なことだと思っている節がありますが、本を読むのってそれほど簡単な事でもないです。いきなりマラソンの距離を走れないのと同じように、ちょっとずつならしてあげないといけない。そのためにもまずはどんなものであれ、沢山読むことが重要です。

 そうやってたくさん読むことによって、自分の好みを知っていったり、新しいことに興味がわいたりするんです。その興味が親の思った物じゃなくてもそれを取り上げたりしてはいけなくて、子供の意志を尊重するか、どうしてもやめて欲しいのであれば違う物に興味がいくように促してあげないといけないのです。促すってのは「これを読め!」とか「これをやれ!」のように押しつける事ではなくて、当人が「自発的に」これがやりたいと思うようにしてあげることです。
 そういうことをしないままに本に文句を言うのはおかしい。


 これだけはとにかく言っておきたいのは「本はただそこにあるだけ、それを開くのは人の意志」って事です。これはゲームであれ漫画であれテレビであれ、何でもそうですけどね。
 Push型であろうとPull型であろうと、それを取捨選択しているのは常に人の意志だと言うことは忘れてはならないことだと考えています。